車が走ろうとするとき、その動きを妨げるいくつもの力「抵抗」が働きます。
その抵抗のうち、車の速さや燃費などに大きく影響を与えるものの一つが、空気抵抗です。
今回は車のエンジン出力と、空気抵抗から、車が出すことのできる最高速度を考えたいと思います。
車が走る時の抵抗
様々な抵抗
車は、エンジンが発生する力を、トランスミッションなどを介して最終的にはホイールが回転させ、タイヤが路面を蹴る事で進みます。電動自動車の場合はエンジンの代わりにモーターが回転し、トランスミッションは無い事が多いですが、他の様々な軸を伝ってやはりホイールを回転させて走ります。
つまり、車を進めようとする力は、まず初めにエンジンやモーターで生み出されます。
では、車のアクセルをオフにし、エンジンの力を発生させないとどうなるでしょうか。
理想的にはブレーキをかけていない事も含め、何も力を与えていないので、車は速度一定で走り続けると言いたいところですが、実際には経験あるように、少しずつ速度が落ちていきます。
なぜ、ブレーキをかけていないのに、速度が落ちていくのでしょうか。
それは、車が走行している時、様々な抵抗が車に働いているからです。
抵抗とは、車が進む事を邪魔する力、言ってみれば前に進もうとする車に対して、後ろ向きに力を加えているものが、抵抗です。
走行中に車が受ける抵抗は、様々な種類があります。
例えばエンジンは、燃料を燃やしている時は強力な力を発生しますが、燃料を燃やしていない時、つまりアクセルペダルを踏んでいない時でも、エンジン自体は回転しています。
この時エンジンは燃焼室内でピストンが上下したり、コンロッドがクランクシャフトを回したりしていますが、これらの間に摩擦抵抗があります。
この摩擦抵抗などによってエンジンの回転を遅くしようとする力が、いわゆるエンジンブレーキとして、減速に役立ちます。
他にも、歯車がオイルの中に浸かっている状態で回転すると、オイルの粘り気で動きが妨げられる粘性抵抗や、タイヤが路面を転がる際に働く走行抵抗など、細かく見ていくと多くの抵抗があります。
ちなみに、タイヤの空気圧が基準値より低いと、タイヤの走行抵抗が増えます。
燃費のために空気圧をチェックしましょうと言われるのは、このためです。
その他、タイヤの空気圧が低いと、ウェット路でグリップ力が大きく減るハイドロプレーニング現象が起こりやすくなったり、タイヤがバーストしやすくなり危険です。
ただし、タイヤの空気圧が基準値よりも多すぎると、今度はタイヤの設置面が減ってしまい、適切なグリップ力を得られなくなる恐れがあり、こちらも危険です。
タイヤの空気圧は、基準値通りに入れるのが最適といえます。
このように様々な抵抗が車に働くのですが、その中で特に影響が大きい抵抗。
それが、今回のタイトルにある、空気抵抗です。
空気抵抗
空気抵抗は、車だけでなく、例えば自転車でも感じることの出来る、比較的身近で想像しやすい抵抗の一つと言えると思います。
向かい風の中自転車を漕ぐと大変ですよね。
更に向かい風ではない、例えば無風だったはずなのに、走り始めると前から風を受けて大変だと感じる方もいるかと思います。
そんな身近な空気抵抗、流体力学では抗力とも言いますが、空気抵抗を求める式があります。
Fd=1/2×ρ×V^2×A×Cd
Fd:抗力(空気抵抗) SI単位で(N)
ρ:流体の密度 SI単位で(kg/m^3)
V:流体の速度 SI単位で(m/s)
A:物体の投影面積 SI単位で(m^2)
Cd:抗力係数 単位なし
ところで流体って何?と言う方に向けて、簡単に説明します。
流体とは、流れる物体という事で、ものすごく簡単に言ってしまえば気体と液体ですね。
空気や水、油などは、どれも流体ですが、例えば水を凍らせた氷は流体とは言えません。
今回のお話では、車は空気中を走ることになるので、流体は空気の事をさします。
空気の密度は、基準状態(0℃、1013hPa(=大気圧))の時、1.293(kg/m^3)です。
標準空気(20℃、1013hPa)だと、1.20(kg/m^3)のようです。
流体速度は、車に対して空気がぶつかってくる速度の事で、厳密にいえば車と空気との相対速度です。
つまり、もしも車が60km/hで走っていて、風が10km/hで車に向かって吹いていたら、相対速度は70km/hと言うことになります。
今回のお話では、今後は簡単のため風は吹いていない事にします。つまり、流体の相対速度は、そのまま車の速度となります。
物体の投影面積とは、流体が物体に対して流れている時、流れに対してまっすぐ物体を見た時の面積です。
今回のお話では、車がまっすぐ前に走るとすると、車の真っ正面から風を受ける事になるので、車を前から見た時の面積となります。
車を真正面から見た時の面積なので、例えばボンネットの高さとかボンネットの形状とかは、ここでは影響ありません。これらは面積ではなく、次の効力係数に影響を与えます。
抗力係数は、流体の流れを受けた時にどのくらい抗力を与えるかの重要な要素で、車の形状により変わってきます。
燃費の良い車を作るには、重さや大きさも重要ではありますが、この抗力係数を減らす事も大切で、各メーカーで多くの研究、実験がなされているようです。
もしかしたら全ての車種でやっているのかもしれませんが、過去には燃費を求めたハイブリッドカーの、風洞実験の様子をPR動画にしているメーカーもありました。
また、低燃費をアピールするために、抗力係数の値をカタログ値に書いてある車もありました。
4代目プリウスはCd=0.24のようです。
Auto Exeのページに定速走行におけるエネルギー効率をシミュレーションするページがあり、そこに「ほぼアクセラクラスのガソリンエンジン車で」と書いた上で、Cd=0.33としています。
Auto ExeSum.1「40km/hのクルージング」におけるエネルギー効率。 | AutoExe マツダ車チューニング&カスタマイズ例題として、以下の条件で試算してみることにする。ほぼアクセラクラスのガソリンエンジン車で、平坦路を40km/h
Cd値だけを比べると、やはりプリウスは燃費を求めた車と言えそうです。
空気抵抗から考える最高速度の算出
抗力と最高速度の関係
さて、風の抵抗による力を、速度などで求める方法は分かりましたが、この抗力によって車の最高速度にどう影響するのかを説明します。
一言で言うと、「車が前向きに進めるために発生する仕事率と、抵抗により車を後ろ向きに止めようとする仕事率がつり合うような速度が、車の最高速度となる」です。
車が発生する力が、抵抗に打ち勝っている場合、車は速度を上げることができますが、もし抵抗よりも強い力を発生できないなら、それ以上車の速度を上げる事はできません。
その時の速度を求めれば、それが最高速度になります。
そして、空気抵抗(抗力)は、速度が影響するのでしたね。後少し頑張れば最高速度が求められそうです。
力と仕事率
さて、抗力が分かれば車の最高速度が分かりそうなのですが、まだこれだけではすぐには求まりません。
抗力は力の単位を持つ値ですが、それと比べるためにエンジンの力(=エンジンの回転力=トルク)と比べれば良いのかと言うと、そうではありません。
仮にエンジンがとても力強く回転しているとしましょう。この時、車の速度はいくらでも上がるかと言えば、そうではありません。
なぜならどんなにエンジンが力強く回転していたとしても、その回転が速くなければ、速度は上がらないからです。
しかし、逆にどんなにエンジンが速く回転しようとしていたとしても、エンジンの回転に力が無ければ、抵抗に打ち勝つ力が発生できず、やはり速度は上がりません。
つまり、回転の速さと、回転の力強さ、この両方が必要となります。
エンジンの回転の速さを、回転の力強さ、両方組み合わせた指標があれば評価できそうですが、実は車の諸元表に、良い数字があります。
それが、仕事率です。
現在車の諸元表に書かれている単位はkW(キロ ワット)ですが、昔から車が好きな方には「馬力」と言った方が伝わるかもしれません。
仕事率というのは、1秒間にどれだけ仕事をしたかを表す値です。
仕事率の説明をします。
まず物理学で言う仕事というのは、どれだけの力で、どれだけ移動したかを表す値です。
1(N)の力で物を1(m)持ち上げたとすると、
1(N)×1(m)=1(N・m = J)
となります。単位は(N・m)となりますが、これをジュール(J)としています。
この仕事を、1秒間にどれだけできるかを表すのが仕事率です。
1秒間(s)に1(J)仕事した時、
1(N・m=J)/1(s)=1(N×m/s=J/s = W)
この状態が1ワット(W)です。
ところで昔から車に馴染みのある馬力(PS)という単位ですが、1馬力は75kgの質量の物を1秒間に1m持ち上げる仕事率です。
つまり、
1(馬力(PS))=75(kg)×9.80665(N/kg)×1(m)/1(s)=735.5(W)=0.7355(kW)
と言うことです。
更にこの仕事率ですが、エンジンなどの回転する物体については、以下の方法でも求めることができます。
エンジンの仕事率(W)=エンジンの回転数(1/s)×エンジンの回転力(トルク)(N・m)
よってエンジンの仕事率を使って検討する事で、回転速度と回転力の両方を考慮した検討ができそうですね。
この仕事率を使うために、最後に空気抵抗が車に与える仕事率を求め、その仕事率とエンジンの仕事率を比較することになります。
抗力が車に与える仕事率
以上より、エンジンが発生する仕事率と、空気抵抗(抗力)により発生している仕事率が釣り合うような速度の時、車の速度はそれ以上上がらない=車の最高速度となります。
最後に、空気抵抗による車への仕事率を求めます。
空気抵抗による仕事率ですが、まず空気抵抗により車が進む方向と反対方向に抗力Fdが働きます。それを車によって速度Vで移動させようとしています。つまり、車は抗力Fdという力を速度Vで移動させようとしていることになり、そこに仕事が発生しています。
繰り返しの内容になってしまうようですが、仕事率の式より、仕事率=仕事量/時間でしたが、仕事量は力×移動距離でした。
よって仕事率=力×移動距離/時間となりますが、移動距離/時間は、速度の事です。
つまり、空気抵抗(抗力)による仕事率をWfとすると、
Wf=抗力×速度
Wf=Fd×V
となります。
抗力Fdは、
Fd=1/2×ρ×V^2×A×Cd
でしたね。これに移動速度Vを乗ずるので、空気抵抗による仕事率Wfは、
Wf=1/2×ρ×V^2×A×Cd × V
Wf=1/2×ρ×V^3×A×Cd
となります。
この空気抵抗による仕事率Wfが、エンジンで発生できる仕事率Weよりも大きいとき、車は空気抵抗に負けて速度を上げる事ができません。
そしてWfとWeが一致するとき、速度は一定を保ちます。
この時の速度こそが、今回求めようとしている最高速度になります。
具体的な数字での計算例
では具体的な数字を入れてみます。
先ほど書いたAuto Exeによる「ほぼアクセラクラスのガソリンエンジン車」の例として、
物体の投影面積A=2.2(m^2)
抗力係数Cd=0.33
気体は冬の寒い状態になってしまうかもしれませんが、基準状態(0℃、1013hPa(=大気圧))として、
流体の密度ρ=1.293(kg/m^3)とします。
「ほぼアクセラの~」の記事は2010年に書いてある記事のようなので、2010年代のアクセラの排気量1498ccのエンジンを例にします。
このエンジンの出力Weは
エンジン出力We=111(PS)=81641(W)
以上より、最高速度Vを求めます。
We=1/2×ρ×V^3×A×Cd
V^3=We / (1/2×ρ×A×Cd)
V=[We / (1/2×ρ×A×Cd)]^(1/3)
※念の為ですが、a^(1/3)は、aの立方根の事ですよ。
V=[81641 / (1/2×1.293×2.2×0.33)]^(1/3)
V=55.8(m/s) = 200(km/h)
※ちなみに55.8×3600/1000=200.88なので四捨五入して201(km/h)と書きたくなるかもしれませんが、そう答えると大学試験などでは不正解になってしまいますので気をつけてくださいね。出せる『最大』の速度を求められているので、四捨五入ではなく切り捨てすべきです。200(km/h)は出せるが201(km/h)には届いていない、と考えると良いかと思います。
似たようなミスが「高校生クイズ」でもあったような…。
まあ有効数字をまともに考えるなら55.8(m/s)ではなく55(m/s)な気もしますが…。
今回の記事の初めに書いたように、空気抵抗の他にも様々な抵抗があるので、実際には200(km/h)よりも低くなると思いますが、この200(km/h)という値は、大きく外れている値ではないように思います。
この最高速度200(km/h)ですが、この速度になるためには速度を上げるたびに空気抵抗による仕事率がどんどん上がるため、最終的にエンジン出力とのつり合いが取れるまでに非常に長い時間をかける必要があります。
つまり、現実に200(km/h)を出すことはほぼ不可能です。
もしかしたらグランツーリスモの最高速度チャレンジなどのテストコースなら200(km/h)近く出せるかもしれません。もしグランツーリスモを持っていたら試してみてください。(多分ゲームでも190km/hくらいが限界かと予想します)
まとめ
空気抵抗による仕事率Wfが、エンジン出力Weと等しい時の速度が最高速度であり、
Wf=We=Fd×V=1/2×ρ×V^2×A×Cd × V
V=[We / (1/2×ρ×A×Cd)]^(1/3)
Wf:空気抵抗による仕事率
We:エンジンによる仕事率
Fd:抗力(空気抵抗) SI単位で(N)
ρ:流体の密度 SI単位で(kg/m^3)
V:流体の速度 SI単位で(m/s)
A:物体の投影面積 SI単位で(m^2)
Cd:抗力係数 単位なし
以上のように、空気抵抗から車の最高速度を算出する事ができました。
空気抵抗が大きいと、車の最高速度だけでなく燃費にも影響します。
ところで抗力を求める式より、抗力は抗力係数だけでなく投影面積と速度が関わります。
投影面積が小さい方が抗力も小さくなるのですが、つまり小さい車の方が有利です。
ただ、それ以上に速度の影響が大きいと言う事を感じていただければと思います。
例えば抗力を2倍にするために、投影面積だけを変えるなら、投影面積はそのまま2倍にする必要があります。例えば投影面積を3(m^2)から2倍の6(m^2)に増やすためには、車の幅を1.7(m)固定とすると、車の高さを1.67(m)から3.34(m)に増やすことになりますが、3.34(m)の車はめちゃくちゃ大きくて一般車としてはほぼ無いです。(ランドクルーザーでも約1.93(m))
一方速度を変えて抗力を2倍にするには、抗力は速度の二乗で増えるため、速度を(2)^(1/2)倍=約1.41倍するだけで抗力が2倍になってしまいます。
例えば60(km/h)で走っている状態から抗力を2倍にしようと思ったら、120(km/h)ではなく60×(2)^(1/2)=84.9(km/h)で走るだけで抗力2倍です。
空気抵抗の大きさと、速度の影響の大きさがイメージできたでしょうか。
抗力を減らすために少しだけ速度を下げて走ってみようかなと思えたら嬉しいです。安全に行きましょう。
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